広島高等裁判所松江支部 昭和60年(ネ)25号 判決 1986年12月24日
控訴人 国
代理人 渡邉温 菊池徹 末廣利夫 坂田弘 川上秀夫 今岡由一 ほか四名
被告訴人 甲藤明徳
主文
原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。
被控訴人の請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
事実
第一申立
一 控訴人
主文同旨。
二 被控訴人
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
第二主張及び証拠
当事者双方の主張及び証拠関係は、左に付加するほかは、原判決事実摘示及び当審証拠目録記載のとおりであるから、これを引用する。
(控訴人の陳述)
被控訴人の鳥取刑務所在監中、被控訴人を昭和五二年二月二三日昼夜間独居拘禁に付し昭和五七年九月五日の満期出所までこれを継続した鳥取刑務所長の拘禁に関する措置が、昭和五三年八月二三日以降その拘禁の継続を必要とする合理的な理由を欠き違法であるとした原審の判断は、法令の解釈を誤りかつ事実を誤認したものである。その理由は次のとおりである。
一 昼夜間独居拘禁の意義について
監獄は、懲役受刑者、禁固受刑者、拘留受刑者、死刑確定者並びに被疑者、被告人等各種被収容者を拘禁する施設であるから、監獄における拘禁は本質的に極めて高度の技術的合目的的性格を有するものである。監獄法(以下「法」という。)は、その具体的な拘禁方法として、独居拘禁及び雑居拘禁(夜間独居拘禁を含む。)の二態様を定めている(法一五条及び一六条参照)が、この二態様の拘禁のうち、独居拘禁としてのいわゆる昼夜間独居拘禁は、特に必要と認められる場合を除き他の在監者との交通を遮断して昼夜間を通し一房に独居させる拘禁の一形態である(監獄法施行規則(以下「規則」という。)二三条参照)。
ところで、行刑施設における受刑者に対する拘禁は、ただ単に身体を拘束するというだけにとどまらず、当該受刑者の犯罪性を除去ないし減少させてその改善更生を図ることを主たる目的としている。このため、行刑施設においては受刑者に対し、教育、作業等を通じ種々の矯正処遇を実施しているが、受刑者の改善更生という行刑目的を達成するためには、当然のことながら施設の規律及び秩序が厳正に維持されていることが大前提であり、それなくして矯正処遇の実効を挙げることは到底不可能である。すなわち、多種多様な多数の在監者を集団として管理する行刑施設にあつては、適切な処遇による在監者の安全かつ秩序ある生活環境が確保されていることが何よりも要求されるのである。
しかし、行刑施設なかんずく鳥取刑務所のように犯罪傾向の進んだいわゆるB級受刑者を収容する施設にあつては、暴力団関係者その他の処遇困難者を多数収容しており、しかもこれらの者の大半は反社会的性格を有する者なるがゆえに犯罪を犯して受刑者となつた者であることから、日常生活において、行刑施設の規律をべつ視し、行刑機能を低下させるような言動に及ぶことがしばしばである。このため、行刑施設はこのような受刑者による指示違反、抗弁、職員に対する暴行、同衆暴行、ひいては暴動、逃走等の保安上の事故をじやつ起する危険性を常に内包しているのである。特に、近時の暴力団同士の対立抗争の激化は、施設内にまでも影響を及ぼし、施設の中においても反目抗争の引き金となる危険性を一層強めているので、各行刑施設においては、限られた人的、物的施設の中で行刑の根幹である規律及び秩序を維持し、施設の安全を確保すべく日夜最大限の努力を傾注しているところであり、このため施設の職員は多大の負担を強いられている実情にある。このように、行刑施設においては、ささいな事に端を発し、それが施設内での事故をじやつ起させる危険性が常に存しており、施設内の規律及び秩序の厳正な維持は部外者が考えるほど容易なものではないのである。
このような状況下にあつて、施設内の規律及び秩序を厳正に維持し、施設の安全を確保するためには、前述のような処遇上問題のある在監者又は問題をじやつ起した在監者をその危険性が消失したと認められるまでの間昼夜間独居拘禁に付した上、経過観察する必要があることは多言を要しないことというべきである。
例えば、闘争的で他の在監者との協調性が全くないか、その程度にまで至らなくとも極めて協調性に乏しい者、あるいは処遇に関して不平不満が極端に多く、かつ扇動的傾向の強い者を原判決のいうような考え方から、安易に工場出役させて集団処遇を行つた場合、その者が他の在監者に危害を加え、あるいは、逆にその者に対する反感から他の在監者がその者に暴力的行為に及んだり、また、他の在監者がその者とかかわり合いをもつことによつて、処遇についての自己の不平不満をいたずらに強め、その結果、施設に対し攻撃的言動に及ぶ者が続出するなど施設内の規律及び秩序が乱れ、ひいては、施設全体が収拾のつかない混乱状態に陥るおそれがあることは、経験則上極めて容易に予測されるのではある。
このような危険を回避する上で、昼夜間独居拘禁というものが行刑上果たしている役割と機能は極めて重要であつて、行刑施設には必要不可欠なものである。
二 監獄法令における拘禁方法の原則について
原判決は、監獄における拘禁形式について、あたかも監獄法令は雑居拘禁を原則形式とし、独居拘禁を例外形式として定めているかのように判示しているが、このような解釈は次に述べるとおり明らかに法令の解釈を誤つたものである。
法は、「第三章拘禁」の冒頭一五条において、「在監者ハ心身ノ状況ニ因リ不適当ト認ムルモノヲ除ク外之ヲ独居拘禁ニ付スルコトヲ得」とし、在監者は、年齢、性別や、被疑者、被告人又は受刑者の別、刑名のいかん、あるいは刑期の長短等にかかわらず、心身の状況により不適当と認められない限り、理由及び必要性の有無・程度を問わず独居拘禁に付すことができる旨、つまり心身の状況によつて独居拘禁に付することが不適法と認められる者だけは不可であるが(規則二六条参照)、その他の者はすべて独居拘禁にしてよろしいとして、拘禁方法につき独居拘禁を原則とすることを明らかにしているのである。この点に関し、規則は、その二三条で、「独居拘禁ニ付セラレタル者ハ他ノ在監者ト交通ヲ遮断シ召喚、運動、入浴、接見、教誨、診療又ハ巳ムコトヲ得サル場合ヲ除ク外常ニ一房ノ内ニ独居セシム可シ」として独居拘禁の具体的な内容を定めた上、独居拘禁に付すべき場合として、更に、
<1> 新たに入監した者(規則二一条一項)
<2> 戒護のため隔離の必要がある者(規則四七条)
<3> 懲罰事犯につき取調中の者(規則一五八条)
<4> 刑期終了により釈放されるべき者(規則一六七条)
<5> 余罪又は刑期限内の犯罪により審問中の者(規則二五条一項一号)
<6> 刑期二月未満の者(規則二五条一項二号)
<7> 分類調査のため必要と認められる者(規則二五条一項三号)
等を掲げ、更に、規則二五条二項により、その余の者にあつても独居房に残余あるときは、独居拘禁に付し得るものとしているところであつて、これらの規定が法一五条による独居拘禁の原則を前提として定められていることは疑いのないところである。
もつとも、その後受刑者の発奮努力の程度に応じて処遇を緩和し、漸次集団社会生活に適応させて完全な社会復帰を促すための累進処遇制が導入され、行刑累進処遇令(以下「処遇令」という。)が制定された。そして同処遇令によれば、第四級及び第三級の受刑者は処遇上の必要ある時を除いて雑居拘禁に、また第二級以上の受刑者は処遇上必要ある場合を除いて昼間雑居拘禁、そして夜間は独居拘禁に付する旨定められ(処遇令二九条、三〇条)、かなり大幅な雑居拘禁制度が採用された。
しかし、右処遇令は、監獄に収容される各種被収容者のうち、懲役受刑者に対してのみ、しかもその一部(処遇令二条、なお七五条参照)に限つて適用されるものである。そして、この累進処遇制はその適用を受けることになる受刑者の矯正及び社会復帰を促進するために、原則的拘禁形式である独居拘禁の例外として、雑居拘禁の方法による旨を処遇上の指針ないし基準として示したにすぎないものであることに注意しなければならない。したがつて、これにより前述したような法の定める独居拘禁の原則を処遇令により変更して、処遇の原則的な拘禁形式として、雑居拘禁制度を一般的に採用したものでないことは論をまたないところである。
ところが、原判決は、一般的には雑居拘禁の処遇を原則としているとした上、「昼夜独居拘禁は例外的に必要ある場合にしか行なわず、この場合にも厳正独居拘禁のほか、緩和独居拘禁をも採用する扱いとなつている」と判示し、その根拠を規則三一条及び三二条に求めている。
しかし、規則三一条は、単に「第二五条第一項各号ニ掲ケタル受刑者ニシテ監房不足ノ為メ独居拘禁ニ付スルコト能ハサルモノ及ヒ独居拘禁ノ期間満了後必要アリト認ムルモノ」すなわち、本来独居拘禁に付する必要のある者について、監房不足という物理的理由等による夜間独居監房への拘禁(雑居拘禁)を定めているにすぎないし、また、規則三二条は、夜間独居監房に拘禁されている者が作業に就かない日の昼間在房について規定しているにすぎないのであつて、いずれも前記判示の法的根拠とは到底なり得ないのである。
この点についても原判決には明らかな法令解釈の誤りがあるというべきである。
三 昼夜間独居拘禁と夜間独居拘禁との対比について
原判決は「法一五条、施行規則二五条、同二七条の規定を併せ検討すると独居拘禁をもつて原則的な拘禁形式としているとまでは断定し難く、むしろ拘禁形式の具体的運用は、処遇令以下の法令等に任せているものと解せられている。……法令がかかる態度をとつているのは、同じ独居拘禁形式の処遇においても、昼夜間をとおしてのそれと、夜間のみのそれとを比較すると前者が受刑者に人間本来のあり方とはほど遠い閉鎖的で不自然な生活を強制し、これが長期にわたるときは、受刑者に苦痛を与えるとともに、ひいてはその社会適応上弊害を生ずる苛酷な処遇となることがある……」と断定し、昼夜間独居拘禁を殊更に不利益な処遇であるとしている。
しかしながら、独居拘禁及び雑居拘禁(夜間独居拘禁を含む。)の二つの拘禁方法は、監獄の設置目的に照らし、かつ長年の経験に基づき、技術的かつ合目的的性格を有するものとして監獄法上定められたものであるから、もとより昼夜間独居、夜間独居のいずれかが利益的でありいずれかが不利益的であるなどという関係にあるものではない。
なるほど両者を単純に対比すると、昼夜間独居拘禁者については、当然のことながら、集団的な行事への参加が制約されるので、夜間独居拘禁者とは若干異なる処遇内容となる。しかし、このことは施設の規律及び秩序の維持及びに当該受刑者の保護等の合目的的見地から慎重に判断された結果による合理的な理由に基づく措置であつて、昼夜間独居拘禁者が昼間に集団的な行事への参加が制約されることが、当該拘禁者にとつてすべて不利益になるとは限らないし、仮に不利益になることがあるとしても、その程度の処遇の差はこれをもし不利益というのならしよく罪のための拘禁というより大きな不利益に吸収され当然受忍すべき性質のものと言うべきである。
原判決のように、すべての受刑者にとつて夜間独居が利益的であり、昼夜間独居者が不利益的であるとの考え方を前提にして両者が質的に全く異なる処遇であるとする判断は、独断以外の何ものでもなく、極めて不合理で法令の解釈を誤つたものと言わざるを得ない。
四 拘禁方法に関する刑務所長の裁量権について
監獄法令上は以上のとおり独居拘禁をもつて原則的な拘禁方法としているが、国家財政上の問題から独居房の数が不足しているという実態は否定できないところであり、一方、行刑目的である受刑者の改善更生、社会復帰という観点からは、共同集団生活を経験させて社会性、協調性をかん養する必要があり、そのためには雑居拘禁に適した受刑者を雑居房に収容することが効果的であるということも無視し得ないところである。
したがつて、実際の処遇面において、刑務所長は、右の物理的な制約及び行刑目的からの要請をもしん酌しつつ、当該受刑者の刑期、犯歴、所内における行状、性格、他の受刑者との関係、集団生活への適応の可否、施設内の保安状況等を総合的に勘案し、当該受刑者に対する最も有効適切な拘禁方法を決定することとなるのである。そして、この拘禁方法に関する決定は、当該受刑者の資質、行状等を十分知しつし、行刑に精通し豊富な経験を有している刑務所長の専門的、技術的な判断に委ねられているところであり、刑務所長の専権的裁量に属する事柄である。もつとも、これにより前述した監獄法令上の独居原則が否定されるというものでないことはもちろんであり、前記二の<1>~<7>のような場合には、独居拘禁に付すべきことは言うまでもないことである。以上の点からも、あたかも監獄法令は雑居拘禁を原則形式として定めているかのように原判決が判示していることが相当でないことは明白である。
五 昼夜間独居拘禁の更新に関する刑務所長の裁量権について
原判決は、独居拘禁の更新について、「この点に関する刑務所長の判断については、その期間が長期にわたるにしたがい、独居拘禁の弊害の増大の危険性があるのでその裁量の幅が狭められるものと解される。」と判示しいわゆる裁量権収縮論を展開している。
もとより、更新についての判断が慎重に行われるべきは当然であるが、仮に原判決のような考え方を前提とする限り、昼夜独居拘禁の期間が長期にわたれば、その一事だけで、他にいかに独居拘禁に付さなければならない重大な事由があろうとも、その独居拘禁は違法ということになり、結果的には独居拘禁を解除し、雑居拘禁に付さざるを得ないこととなる。しかしもしそうであるとすれば、被収容者の身柄の確保、身体の保護等を主要な任務とする行刑施設本来の業務に極めて重大な支障を生ずる結果となることは火を見るより明白であり、このような考え方の前提自体において既に誤りがあり、首肯し難いものであることは多言を要しないところといわなければならない。
監獄法施行規則二七条にいう「特ニ継続ノ必要アル場合」とは、その更新時に独居拘禁に付すための新たな事由が積極的に認められる場合に限ると解すべきではなく、原則的な拘禁形態である独居拘禁に付されていた受刑者を、刑務所長が雑居拘禁に付すべき積極的な事由が見い出せない場合、すなわち、先に述べた諸般の事情をしん酌して総合的に勘案してもなお、雑居拘禁に付するのが相当と判断できない場合を含む、つまりこれまでの独居拘禁を変更すべき格別の理由が認められない場合をも含むものと解するのが相当というべきである。
要するに、同条に基づく更新の必要性の判断は、期間の長短にかかわらず、当該更新時において真にその必要性ありや否やをその都度判断すべきことであつて、期間の長短によつて裁量権の幅に広狭が生ずるなどと解すべき余地は全くない。しかるに原判決は被控訴人に対する昼夜間独居拘禁の期間を更新したことにつき期間が長期にわたり裁量権の幅が狭くなつていることを理由として、本件独居拘禁の更新を違法であると断じているのであるが、これは明らかに独居拘禁に関する法令の解釈を誤つた違法があり、取消しを免れないと言わざるを得ない。
六 被控訴人を昼夜間独居拘禁に付した経緯及び理由について
被控訴人は、昭和五一年六月一八日確定の住居侵入・強盗傷人罪による懲役七年の刑を受け、鳥取刑務所で服役していた者であるが、それ以前にも昭和四一年一二月一五日確定の強盗致傷・窃盗罪による懲役六年の刑を受けて高知刑務所で服役するなどの前科があり、犯罪の内容が凶悪・粗暴であることはもとより、服役の回数・期間とも多数・長期に及び、被控訴人の犯罪性向は顕著かつ強固であつて、既にこの点で処遇困難者としての素地を有していたものである。
また、被控訴人は、暴力団兵頭会組長森邦明の弟分になる幹部であるが、保安上の見地から高松刑務所より鳥取刑務所に移送された後、昭和五一年一一月二〇日、出役中の第三工場において、作業上のことから他の受刑者と口論の挙句、興奮して相手の顔面を殴打したため、軽屏禁、文書図画閲読禁止併科一五日の懲罰を受け、更に、昭和五二年二月一〇日、出役中の第七工場(革工作業)において、他の受刑者に貸与されていた作業用小鋏を無断で使用したことが発端となつて、その者と口論した際、他の受刑者から顔面を殴打される暴行を受けたため、叱責の懲罰を受け、短期間のうちに二度にわたり暴行事件に関与し、懲罰を受けたことから明らかなように、ヤクザ気質が旺盛で著しく協調性に乏しい自己中心的な性格のため、他の受刑者との間でけんか口論を惹起しやすく、他の受刑者に暴行・傷害等に及ぶか、あるいは他の受刑者から暴行・傷害等を加えられるおそれが大であつたのである。したがつて、この点から被控訴人は集団処遇になじまず戒護のため隔離の必要がある受刑者であるというほかない。
そして、被控訴人の処遇の困難性は、鳥取刑務所服役中、その暴力団関係者特有のヤクザ気質を背景とした好訴者的性格を中心に強まりこそすれ、決して弱まることはなく、被控訴人を戒護のため継続して隔離する必要があつたのである。要するに、鳥取刑務所長は、被控訴人の性格、行状、他囚との関係等の諸事情を慎重に考慮した上、一般受刑者と共に工場出役させた場合には、自己中心的で衝動的な性格であるが故に、他の受刑者との間に口論、けんか等のトラブルを惹起し、あるいは、他の受刑者の反感をかつて被控訴人に不測の事態が発生する相当の蓋然性が認められるとの合理的な理由の判断の下に、規則四七条に基づき昼夜間独居拘禁に付し、またこれを更新して継続したものにほかならない。したがつて、鳥取刑務所長の措置に何ら違法な点はないというべきである。
よつて、原判決中控訴人敗訴部分を取り消し、被控訴人の請求はこれを棄却すべきである。
(被控訴人の陳述)
一 控訴人の当審における右主張はこれを争う。
二 被控訴人に対する二度にわたる懲罰は、工場出役中の作業上のことから、一つはやくざ風を吹かせ強圧的態度に出る熊本組幹部である相手に我慢できなくなつて暴行を加えたものであり、二度目は被控訴人に対する報復をねらつていたグループから暴行を受けたものであつて、非はいずれも相手方にあり、被控訴人が懲罰を受ける筋合のものではない。また被控訴人は、在監中工場出役の意思のあること、暴力団組織から脱退する意思のあることを表明してきたが、刑務所側は、独居拘禁を継続する根拠とするため、常にこれを無視ないし阻止したものである。そして被控訴人は、長期間にわたる独居拘禁のため心身に異常をきたし、昭和五四年ころから妄想様観念を主とした拘禁性精神病に罹患し、出所後悪化の傾向をたどり神経衰弱状態となり、現在長期拘禁のために発症したと思われる妄想様観念が残存している。
理由
被控訴人が昭和五〇年九月三日高知地方裁判所において住居侵入・強盗傷人罪により懲役七年に処せられ、昭和五一年六月一八日右刑の確定に伴い直ちに高松刑務所においてその刑を執行されたこと、そして同年一〇月一三日鳥取刑務所に保安上移送され、鳥取刑務所長より昭和五二年二月二三日から昭和五七年九月五日の刑期満了まで鼻の治療期間一か月を除き継続して規則四七条に基づく独居拘禁に付されたことは当事者間に争いがない。
被控訴人の不法行為の主張について
被控訴人は、要するに、長期間にわたる独居拘禁は在監者の心身に有害な影響を及ぼす過酷な処分であるから、その更新は特に継続の必要がなければ許されない(規則二七条一項)。しかるところ、被控訴人は昭和五二年二月二三日独居拘禁に付されたのち、昭和五五年に二件の軽微な保安課長訓戒処分を受けたほかは刑務所内において何ら事故を起していないのであるから、五年余の長期間にわたり独居拘禁に付されるいわれはなく、その理由を明示しないで独居拘禁を更新継続した鳥取刑務所長の措置は違法である旨主張するのである。しかしながら、被控訴人を昭和五二年二月二三日から昭和五七年九月五日まで鼻の治療期間一か月を除き継続して独居拘禁に付した鳥取刑務所長の措置に何ら違法はない。以下その理由を述べることとする。
一 被控訴人を独居拘禁に付した理由について
<証拠略>によれば、次の事実が認められる。すなわち、
被控訴人は、昭和四九年秋ころ松山市に本拠を置く非山口系暴力団兵頭会森組組員となり、組長の刑務所服役に伴い、同年一二月ころから組長代行として活動していた者である。
鳥取刑務所長は、昭和五一年一〇月一三日、高松刑務所から被控訴人の移送を受けるや、直ちに被控訴人の過去三回の服役時の行状に関する調査及び身上調査等を行つたこと、その結果被控訴人は<1>保安上移送された暴力団幹部であるほか、<2>窃盗、火薬類取締法違反、銃砲刀剣類等所持取締法違反の罪により懲役一年六月、窃盗罪により懲役三年の各刑の判決を受け、昭和三六年一二月二五日から高知刑務所及び松山刑務所において服役し、同四〇年一月二五日松山刑務所を仮出獄により出所したのであるが、右服役中に煙草隠匿、美顔用乳液窃取により二回の訓戒を受け、更に菓子不正喫食により叱責の懲罰を一回受けた。<3>昭和四〇年一一月一六日被控訴人に対し仮出獄取消決定がなされ、同四〇年一一月一七日から残刑期が執行され、また同四一年一二月一五日、強盗致傷及び窃盗罪による懲役六年の判決が確定して高知刑務所で服役し、同四七年一〇月八日同刑務所を満期釈放により出所したが、右服役中被控訴人は、居房備付けの机に釘で女性の裸体画を彫り込んだ件、工場で全員が食卓につき昼食を喫食しようとした際、「豚が食うような物が食えるか」等と扇動的な言辞を発し、同衆六名と共に昼食を喫食しなかつた件等の事犯により計一二回の懲罰を受けたほか、好訴性があり、かつ他人を扇動するおそれが多分に認められる等の理由で更新回数を含め、一八回昼夜間独居拘禁に付された。<4>昭和四九年四月六日、猥せつ図書所持、覚せい剤取締法違反の罪により懲役六月の判決が確定して徳島刑務所で服役し、同年九月二一日同刑務所を満期釈放により出所したが、右服役中、被控訴人は同衆と口論の末殴り合いのけんかをしようとした件で懲罰を受けた等の前歴を有しており、加えて自己中心的な性格で不当な要求を繰り返し、かつ扇動的であり、今後もこの傾向の再発が予測され、鳥取刑務所においてもその処遇について十分な注意を要するものと認められたことから、昭和五一年一〇月一五日付けをもつて、被控訴人を好訴性要注意者に指定した。
鳥取刑務所長は、被控訴人をヤクザ気質旺盛で著しく協調性に欠ける性格であるため、集団生活、共同生活になじみにくいと判定したが、被控訴人に対し共同生活に順応していく機会を与えて勤労意欲を喚起し、集団生活、共同生活を通じて社会性を高めさせる必要があると考え、同年一〇月二三日付けをもつて同人を第三工場(木工場)へ出役させ、夜間は独居拘禁とした。
(昼夜間独居拘禁に付した理由)
しかるに、被控訴人は、昭和五一年一一月二〇日、出役中の第三工場において、作業上のことから同衆と口論の挙句、興奮して相手の顔面を殴打したため、軽屏禁、文書図画閲読禁止併科一五日の懲罰を受けた。更に被控訴人は、右懲罰執行後の同年一二月一七日、第七工場(革工作業)へ出役したが、同五二年二月一〇日、同工場で作業中、同衆に貸与されていた作業用小鋏を無断で使用したことが発端となつてその同衆と口論した際、他の受刑者一名から顔面を殴打される暴行を受け、叱責の懲罰を受けた。
鳥取刑務所長は、以上のようなことから、被控訴人の処遇について慎重に審議した結果、被控訴人の前記二件の懲罰事犯の原因が、被控訴人の暴力団関係者であることを誇示する言動にあつて、今後も被控訴人を工場に出役させてそのまま他衆と接触させておけば、他の受刑者の教化上悪影響を及ぼすことは必至と考えられ、他方被控訴人に対する不快の念や恨みを持つ他の受刑者から危害を加えられる危険もあり、身体の安全の保護にも困難な事態が発生するおそれが多分に予測された。そこで鳥取刑務所長は監獄法施行規則四七条に基づき、昭和五二年二月二三日、被控訴人を昼夜間独居拘禁に付した。
(昼夜間独居拘禁を更新した理由)
第一回目(昭和五二年八月二三日)の更新理由
被控訴人は、兵頭会森組の最高幹部と称し、刑務所内の集団の場においては他組関係者と対立する等の言動が多く、そのため他組関係者から反感を持たれていたのみならず、同衆の小鋏を無断使用したことについて依然として反省していないほか、被控訴人のヤクザ気質の濃厚な態度等を考慮すると、右事犯に関係した組関係者と不測の事態をじやつ起することが予測され、一般集団処遇は不適当と判定された。
第二回目(昭和五二年一一月二三日)の更新理由
被控訴人は、第一回の独居拘禁更新ののち、「ラジオ放送の声が割れて聞こえにくいと申し出ているのにいつこうになおつてないのはどうしてか。」と再々申し出をし、職員が「現在、放送しているのは録音したものだから調整してもなおらない」ことを説明したのにこれを聞き入れず、また「飯がコゲばかりで食べられん。もう少しよいところも混ぜるように炊事に言つてもらいたい。」と不満を申し出て、職員が、「食べない前に申し出れば、担当現認の上、炊事にも連絡の方法がある。」と説明したのにも納得せず、更に、他の収容者からは何ら申立てもないのに、焼いためざしを指して「めざしが焼いてない。焼かずにふかしたんではないか。こんな煮た魚は食べたことがない。」等と頻繁に不平を訴えるなどし、ことごとに自我を通そうとする自己中心的な言動が多く、併せて被控訴人のヤクザ気質のごう慢な態度を考慮すると、工場へ出役させた場合、他の受刑者とけんか等の事犯をじやつ起する蓋然性が極めて強く、工場出役等の一般集団処遇は不適当と判定された。
第三回目(昭和五三年二月二三日)の更新理由
被控訴人は、その後、入浴後の着衣動作が他衆より遅いことで職員から指導されたことに対し、「病人と違つて自分は健康体であるから、入浴に時間を要するのはあたりまえだ。」と申し向け、更に監獄法令にそのような規定がないことを知りながら「監獄法に入浴時間が決められとるからそのようにしてくれ。」と申し向け、また、歩行の動作の指導を受けたことに対し、「自衛隊のパレードではない。自分は言われなくとも手を振つている。」等とことごとに不平不満を申立て、自我を通そうとする自己中心的かつ反抗的言動を繰返しており、併せて被控訴人のヤクザ気質のごう慢な態度を考慮すると、工場へ出役させた場合、他の受刑者に悪影響を及ぼし、他方被控訴人に対する不快の念や恨みを持つ他の受刑者から危害を加えられる危険が極めて大であり、工場出役等の一般集団処遇は不適当と判定された。
第四回目(昭和五三年五月二三日)の更新理由
昭和五三年三月四日、鳥取刑務所管理部保安課谷本第三区処遇係長が被控訴人に対し、工場出役を促すための面接指導を行つたが、その際、同係長が、「工場へ出役させようと考えているが、どうか。相手の連中も減少しているし、もちろん、その連中のいない工場を検討する。」と述べ、被控訴人の安全について相当の配慮を払うことを保証して工場出役を促したのに対し、被控訴人は、「……連中のこともありますが、当所のようなやり方では自分はようやつていけないと思います。だから満期まで独居にいます。もし出してもらえるなら自分は理髪の腕は確かですから職員理髪(刑務所に勤務する職員に対する理髪、官理髪)をやらせてください。他の者と一緒に生活しないのでよいと思います。」「このまま満期まで独居に居たほうがよいと思います。前々刑、やけを起して満期まで独居にいたことがあります。期間は六年ぐらいでした。」と述べ、他の受刑者と一緒に生活しないですむ官理髪以外には出役する意思のないことを表明した。これについて鳥取刑務所長は、原告の言い分が極めて自己中心的で、他衆と協調して共同生活を営もうとする意思が全く認められず、併せて被控訴人のこれまでのヤクザ気質のごう慢な態度を考慮すると、工場へ出役させた場合、他の受刑者に悪影響を及ぼし、他方、被控訴人に対するこれまでの不快の念や恨みを持つ他の受刑者から危害を加えられる危険性が大であり、結局一般集団処遇は不適当と判定された。
ちなみに、官理髪に就業する受刑者は、はさみやかみそりを使用して、刑務官等刑務所に勤務する職員の髪を切つたり顔をそつたりする仕事に従事するため、官理髪に就業する受刑者の選考、指定に当たつては、特に慎重に調査し、厳選の上にも厳選を重ねている。理髪の免許を持ち、かつ、相当の能力を有していることを要件としているのは当然のことであるが、その外に協調性、自制心等の人格的特性、平素の生活態度、遵法心等を慎重に審査しており、また所内の就業人員三七四名のうち、たつた一名しか就業していない。
したがつて、組織暴力団の幹部として、強盗致傷、強盗傷人等の犯歴を有し、同所においても同衆暴行事犯をじやつ起している被控訴人が官理髪に出役するのが不適当であることは被控訴人自身熟知していることであり、それにもかかわらず官理髪出役を申し出ることはすなわち工場出役の拒否であるといえる。
第五回目(昭和五三年八月二三日)の更新理由
被控訴人は、昭和五三年六月二三日、「保護房がやかましくて寝れない。足をくくるなりして音をさせないようにしてくれ。そうしないと私も房を壊したりして暴れなければならない。」と申し出たり、同年八月一二日、「方角は定かでないが、三〇分間隔ぐらいでドンドンと物音がする。」と申し出たので、「現認したなら厳しく取締る。」と回答すると、「あんたらはそれが仕事だろうが……」等とムキになつて申立てる等、他の受刑者の行為に対して過敏な反応を示して不平不満を訴えるようになり、このような被控訴人を工場に出役させることは他衆との関係に悪影響を及ぼし、ひいてはけんか等の事案を発生させるおそれが多分に予測され、一般集団処遇は不適当と判定された。
第六回目(昭和五三年一一月二三日)の更新理由
昭和五三年八月二五日、他の収容者からは全くそのような申し出はないのにもかかわらず、被控訴人は「舎房の便所の横にビスを打つているが、塵取りやほうきを掛けると狭くて足にさわるし、もしビスで傷でもしたらどうするのか。」と申立て、職員が「改良すべき時には指示があると思う。君が負傷等に心配していることは区長に伝えておく。」と回答したところ、「便器にまたがる時など狭くどんな拍子でビスに当たらないとも限らない。傷でもしたら、所長を相手に絶対責任をとつてもらう。」等と申し向け、また、同年一〇月八日、被控訴人に閲読させた新聞の引き上げの時間がきたので、職員が「新聞は読んだか。」と尋ねると、「えつ、もう時間かな。」と明らかに不服そうな顔をし、「食事の時間は五分程みてやつている。」と返答すると、顔色を変え、「食事を五分で食べというのか、今すぐ上司を呼べ!はつきりせんといけんけ!」と語気を荒げ、「上司など呼ぶ必要はない。興奮せんでも読んどらんからもう少し見せてほしいといえば、多少なら融通もつこう。」と諭したところ、「とにかく上司に会わせ。」と強弁した上、更に「お前みたいな者に話したつてわからん。」と申立てる等ことあるごとに自己に対する処遇について不平不満を訴え、独善的な言動を繰り返しており、このような被控訴人を工場に出役させると他受刑者に悪影響を及ぼすことは明らかであるばかりでなく、被控訴人の日ごろの言動から他受刑者に反感を持たれてけんか等の事案をじやつ起するおそれが多分に認められたため、一般集団処遇は不適当と判定された。
第七回目(昭和五四年二月二三日)の更新理由
被控訴人は、昭和五三年一二月一四日、職員に対し、上目づかいに唇を震わせ、どもりながら「担当さん、衛生夫を換えんとあかんで。洗濯物の集配はよく忘れるし、その他問題にならん。」等と申立て、職員が「何を腹を立てているのか。人間完全な者ばかりはおらん。少し長い目で見てやつてはどうか。」と諭したがおさまらず、他の受刑者に対する寛容性がない性格を見せ、また昭和五四年一月九日午前零時一〇分ごろ、職員が通路出入口の扉を開けた際、他の受刑者は静かに寝ていたのに、被控訴人だけが「もつと静かに開けてください。」等と不平を述べ、同年二月一六日午後六時一〇分ごろ被控訴人が血相を変え、「担当、担当!上の房の便所から水が流れ放しでうるさくてかなわん、何とかしろ!」と申立て、職員が「今連絡して止めるようにするからしばらく辛抱してくれ。」と回答したにもかかわらず、再度、「担当、まだ止まらんのか、何で止まらんのか、早く止めてくれるようにしろ。」等と怒つた口調で申立てる等の言動があり、被控訴人は職員のほか他の受刑者に対しても、極めて排他的、攻撃的な言動を示し、また、他の受刑者が問題にしない物事に対して過敏に反応して不平不満を言いつのる等極めて寛容性と自制心に欠け、協調心が乏しく、このような被控訴人を工場へ出役させた場合、他収容者との間にささいなことから口論、けんか等のトラブルを生じ、また、他受刑者の反感や恨みをかつて危害を加えられる等不測の事態をじやつ起させるおそれが多分に認められたので、一般集団処遇は不適当と判定された。
第八回目(昭和五四年五月二三日)の更新理由
昭和五四年三月三日午後零時五〇分ごろ、午睡の時間外に被控訴人が布団を敷いていたので職員が注意したところ、「懲罰になつても寝た方がよい。」と従わず、また同月一七日、昼食喫食時、禁止されているにもかかわらず、被控訴人が毛布をひざにかけていたので職員が注意したところ、「そこに立つて言われると飯がまずくなる。」と不服を述べる等、所内規律を乱す行為をしながら、自己の非を認めず、自己中心的な言動を繰り返しており、このような被控訴人を工場へ出役させると他受刑者に悪影響を及ぼすことは明らかであるし、また、他受刑者の反感や恨みをかつて危害を加えられるおそれも多分に認められたため、一般集団処遇は不適当と判定された。
(治療のため八王子医療刑務所に移送したことによる昼夜間独居拘禁の解除、中断)
被控訴人の鼻中隔湾曲症を治療するため、昭和五四年八月一三日、被控訴人の昼夜間独居拘禁を解除の上、八王子医療刑務所へ移送した。八王子医療刑務所においては、被控訴人に対し病棟において休養加療の措置を採り、鼻中隔湾曲症が軽快したことに伴い、同年九月一三日、被控訴人を鳥取刑務所へ移送した。
(二度目の昼夜間独居拘禁に付した理由)
実質的には更新である。
被控訴人は、八王子医療刑務所に移送前の昭和五四年六月二五日、所長の代理面接をした山内保安課長に対し、自己の要求が容れられるはずのないことを知りながら「涼しくするため、自分の居房の前の扉を全開してもらいたい。」と申立て、同保安課長が、「扉は、逃走等の防止上必ず閉鎖するのが原則である。また、独居拘禁者も多数おり、君にのみ涼を求めさせて他の受刑者と著しく異なる処遇を行うことができない。」との当然の回答をしたが、更にその後の保安課長面接で現認したわけでもないのに「夜間に革靴を履いて私の房の周囲を歩いて音を立てる職員がいる。職務を悪用して遺恨を晴らすような不正な職務は中止してもらいたい。」と申立てるなどし、同年八月一日には、谷本第三区処遇係長に対する面接で「私本の購入及び交付の手続が遅れるのは、職務怠慢であり、この際告訴でもして違憲であることを判然とさせたい。」旨を申立て、同区長が「購入段階の問題であり、どの本が入つていないか明細を書いて出しなさい。」と指導しても「怠慢としか考えられない。告訴を考えます。」等と根拠のない不平不満を訴え続けた。そこでこのような言動を繰り返す被控訴人を工場に出役させた場合、他受刑者に悪影響を及ぼすことは明らかであり、また、日ごろの自己中心的な言動から他受刑者と口論、けんか等のトラブルを生じ、他方、他受刑者から反感と恨みを持たれて危害を加えられる危険等も多分に予測されたため、鳥取刑務所長は、八王子医療刑務所から還送された同年九月一三日付けをもつて、被控訴人を二度目の昼夜間独居拘禁に付した。
(二度目の昼夜間独居拘禁の更新理由)
第一回目(昭和五五年二月二九日)の更新理由
昭和五四年一一月七日、「被控訴人がプラスチツク製の名札を鏡代りに用いて廊下の様子をうかがう照らし行為をしたので注意しておいた」旨交代勤務職員からの申し送りを受けた担当職員が被控訴人を指導したのに対し、被控訴人は、「さつきの担当から申し送りがあつたのですか。小さな事でも申し送るようなら、揚げ足を取る事を考えんならん。」と規律に違反して注意を受けたことに恨みを持ち、また同年一二月二二日の夕食時、被控訴人が毛布をひざに掛けて喫食していたので注意すると「あんたもこまかいことを言うんだな。」とふてくされて文句を言い、さらに昭和五五年一月二二日、医務課長面接から帰つてきて、「今日のような面接は初めてだつた。腹が立つて頭にきて、眼先が真暗になつたので、途中でもういいと言つて打ち切つて帰つた。長くいると手でも出したくなると思つたから。」と不平不満を述べ自己本位の言動を繰り返しており、このような行状の被控訴人を工場に出役させた場合、他の受刑者に悪影響を及ぼすことは必至であり、また、自己中心的な言動から他受刑者と口論、けんか等のトラブルを生じて不測の事態をじやつ起するおそれが多分に認められ、一般集団処遇は不適当と判定された。
第二回目(昭和五五年五月二九日)の更新理由
昭和五五年四月二九日、池田分類課長が面接した際、被控訴人は、「現在の環境に不満があるわけではありません。山口系の暴力団がほとんどで反目が多い工場に危険を犯してまで出業したいとは思つていません。できれば理髪の免許を持つているので、他の収容者と接触しないで済む官理髪の仕事をしたいと思います。」と申述し、工場へ出役し、他の受刑者と協調して生活する意欲の全くないことを表明し、むしろ工場出役を嫌忌して避ける意思を表示したので、犯歴及び入所後の行状等を総合的に検討した結果、被控訴人が他の受刑者と協調して生活する意思がなく、むしろ、接触を嫌忌して避けていると認められ、このように協調性のない被控訴人を工場へ出役させた場合、他の受刑者と口論、けんか等のトラブルを生じ、不測の事態をじやつ起することが多分に予測され、一般集団処遇は不適当と判定された。
第三回目(昭和五五年八月二九日)の更新理由
昭和五五年六月二日、木村管理部長が所長の代理面接をした際、被控訴人は官理髪に出業することに強く固執し、本人の希望する官理髪以外には出業する意思がなく、もし本人の要求が通らない場合には訴訟に訴えても自己の要求を通すということを明言したので、官理髪以外に一般工場には出役したくないという被控訴人の要求は、定役の執行は刑務所長の作業指定に基づき作業を課して行うという基本原則を否定するものであり、到底容認できないものとし、併せて従来からの被控訴人の行状、言動等を慎重かつ総合的に検討した結果、このように自己本位の要求をする被控訴人を工場へ出役させた場合、他の受刑者に悪影響を及ぼし、また、他受刑者の反感をかつて危害を加えられる危険が予測され、一般集団処遇は不適当と判定された。
第四回目(昭和五五年一一月二九日)の更新理由
被控訴人は、前記のとおり木村管理部長に対し、「官理髪への出業」を強く要求し、もし本人の要求が容れられない場合には訴訟に訴えても自己の要求を通すということを明言し、訴訟提起を自己の要求実現の手段としようとする意図を顕わすに至つたのであるが、鳥取刑務所長は、刑務所の規律秩序を維持し、処遇の公平を図る立場としてこれら被控訴人のこのような言動を到底看過するわけにはいかぬものと判断した。
ところで、被控訴人は、昭和五一年一〇月一三日、高松刑務所から保安上移送され、昭和五五年一一月二八日までの約四年間のうちに、次のとおり同刑務所等に苦情申立て、不服申立て等を行つている。
苦情申立て 四九件
情願申立て 四件
訴訟提起(損害賠償請求事件) 三件
ちなみに、同期間における鳥取刑務所全体の苦情申立て、不服申立て等の件数(被控訴人の申立分を含む)は次のとおりである。
苦情申立て 七七七件
情願申立て 一八件
訴訟提起(損害賠償請求事件) 三件
すなわち、被控訴人一人で、苦情申立ての六・三パーセント、情願申立ての二二・二パーセント、訴訟提起の一〇〇パーセントを占めているのである。
したがつて、鳥取刑務所長は、右のような事情を総合的に検討、審議の上、右のような言動を示す被控訴人を工場へ出役させた場合、他受刑者に対しことさらに施設への不当な要求と抗争心をあおりたててその教化上悪影響を及ぼし、また、他受刑者の反感をかつて口論、けんか等のトラブルが生じる等、不測の事態をじやつ起するおそれが多分に認められ、一般集団処遇は不適当と判定した。
第五回目(昭和五六年二月二八日)の更新理由
被控訴人は、昭和五五年一二月一五日、さしたる理由もないのに鳥取刑務所長を職権濫用罪で告訴すること等を弁護士に依頼する手紙を発信したり、昭和五六年一月二六日、被控訴人の母親が病気にかかつていることで山内保安課長が身上に関する助言、相談を行つた際、泣き出す等、心情不安定となつており、また前記のとおり、被控訴人は、官理髪以外には出役する意思がないことを明言し、一般工場へ出役し、他受刑者と協調して生活する意思は全く認められないところから、このような被控訴人を工場へ出役させた場合、他受刑者に悪影響を及ぼし、また、他受刑者と衝突して口論、けんか等のトラブルが生じたり、反感をかつて危害を加えられる危険が多分に認められるため一般集団処遇は不適当と判定された。
第六回目(昭和五六年五月二八日)の更新理由
昭和五六年五月九日、被控訴人が巡回中の担当職員松下主任看守を呼び止め、「工場には出役させてくれないでしようかね。何の理由があつて保安上独居にしておくんですかね。」等と話しかけたので、同職員はこのことを上司に報告した。しかし、被控訴人は、右の申し出をする前である昭和五六年三月二三日午前零時一〇分ころ、毛布を身体にかけるべきところを下に敷いているのを夜勤の山田看守等に現認され、山内保安課長から注意指導されて、所定の小票に指印を押捺したが、翌二四日、担当の松下主任看守に「どうも腹の虫がおさまらんですけん、毛布の事で指印をとられた山田担当と保安課長を刑事告訴しようと思つてです。」と申立て、同月三〇日、山内保安課長、山田看守を鳥取地方検察庁へ告発し、さらにその後、被控訴人が本人の長男(高校生一八歳)に発した手紙の中に「父が会長代行をしていた組(兵頭会森組)が、同じ兵頭会内の伊藤会と合併した。父は現在、伊藤会の幹部であるが、この伊藤会の会長が松山市内で射殺されたらしいのだ。この鳥取は四国から離れているので、新聞に写真は大きく載つているが、詳しいことが載つていない。そこで相手の「石鉄会」は、何組系の組か。殺つてやろうと狙つた理由は何か。父の兄貴で現在、伊藤会の副会長は刑務所に入つたのか。入つたとすれば現在、どこの刑務所に服役しているのか。について調べてほしい。」との記載があつたので、手紙の内容の一部が自己の所属する暴力団組織の動向に関する情報収集を意図するもので、教化上支障があり、不適当と思料されたことから、山内保安課長が同年四月一日、面接の上、「極道の動静を細かく知ろうとしている。これでは削除か抹消の対象になる。書き直して発信せよ。」と指導したところ、被控訴人は「調べてもらつてどこが悪いのか。」と主張して譲らず、面接終了して還房後も「保安課長を告訴したからだ。職権濫用じやないか、どこが悪いのか、保安課長の言うことが判らん。」と不満を訴える等の言動を繰り返していたもので、鳥取刑務所長は、被控訴人のこのような言動及び同所入所後の行状、言動等を慎重に検討した結果、被控訴人は、所属暴力団に対する関心が極めて強く、依然として暴力団的傾向と気質が極めて顕著であることが認められ、前記の松下主任看守に対する申し出も単なるポーズに過ぎないと考えるのが相当であり、このような被控訴人を工場へ出役させた場合暴力団幹部としての態度を濃厚に示す被控訴人と他受刑者との間に口論、けんか等のトラブルを生じ、また、他受刑者の反感をかつて不測の事態をじやつ起するおそれが多分に認められ、一般集団処遇は不適当と判定された。
第七回目(昭和五六年八月二八日)の更新理由
被控訴人からの所長面接願を同年七月八日、岡田管理部長が代理面接したところ、被控訴人は、「職員が職務怠慢して牛や豚の食う物を食わされている。また職員に収賄の疑いがある。」と申立て、根拠を質されると、「怠慢と思つたから、収賄と思つたから書いた。収容者は思つたことも言えないのか。」等と強弁し、同管理部長が懇切に説示しても耳をかさず、「法廷で争いましよう。」と申し向け、また被控訴人は鳥取地方検察庁あてに「鳥取刑務所の職員が犯罪者集団化している」等の内容の発信を出願し、さらに同年八月三日、教育課長面接時「セツクス本を開放して免疫をつくる方がよいと思う。基準を緩和するよう考えてもらいたい。」旨を申立て、小野寺教育課長が「刑務所には性犯罪による受刑者が多数入所している。あえて刺激の強いセツクス本を見せるわけにはいかない。」と説示しても耳をかさないなど、独善的な自己主張を繰返す言動を重ね、しかも他の受刑者と協調して生活しようとの意思が全く認められないことから、このような被控訴人を工場へ出役させた場合、他受刑者に悪影響を及ぼし、また、他受刑者の反感をかつて口論、けんか等のトラブルが生じ、不測の事態をじやつ起するおそれが多分に認められ、一般集団処遇は、不適当と判定された。
第八回目(昭和五六年一一月二八日)の更新理由
昭和五六年一一月一九日、被控訴人は、鳥取地方検察庁から被控訴人が告発していた山内保安課長及び山田看守の特別公務員暴行陵虐被疑事件の参考人として呼出しを受けて出頭し、また、同月二五日、被控訴人は、鳥取地方検察庁あてに、職員を告発した件に関する上申書を発信しており、更に、前述のとおり、被控訴人は鳥取地方検察庁あてに「鳥取刑務所の職員が犯罪集団化している。」等の内容の発信をしていることに見られるような刑務所の処遇についてことごとく独善的な不平不満を訴え続ける態度を維持しており、このような被控訴人を工場へ出役させた場合、他受刑者に対し、ことさらに刑務所職員及び刑務所の施設運営に関する不信感を醸成扇動して悪影響を及ぼし、また、他受刑者の反感をかつて口論、けんか等のトラブルが生じる等、不測の事態をじやつ起するおそれが多分に認められ、一般集団処遇は不適当と判定された。
第九回目(昭和五七年二月二八日)の更新理由
被控訴人から所長面接願が提出されたので、昭和五七年一月一三日山内保安課長が代理面接したところ、被控訴人は「今、拘禁されている第一舎三三房は最も悪く誰もが嫌つていることを知つているか。それを十分に承知していて自分を該居房に拘禁したのは納得できない。」と申立て、山内保安課長が「該居房が最も悪いとは決して思つていない。誰もが嫌つているとはどういう根拠か。」と質したのに対しても、被控訴人は「わしは嫌いである。」等と強弁し、同保安課長が「居房指定は、被収容者の希望を聞いて行うのではなく、保安整備上から指定するものである。」旨を説示しても、納得せず、執拗に自己の要求に固執する態度をみせるなどし、同所の処遇に何かにつけことごとく不平不満を訴える態度を変えずにいたところ、昭和五六年一二月三〇日、被控訴人が告発していた山内保安課長及び山田看守について、鳥取地方検察庁から処分通知書(不起訴)の送達があり、これに対し被控訴人は同月三一日あえて付審判請求を行つたのであるが、昭和五七年一月二〇日鳥取刑務所内で被控訴人から事情徴取が行われ、同年二月二六日棄却決定が送達されたという事情があり、被控訴人を工場に出役させた場合、他の受刑者に対し施設への不当な要求と抗争をあおりたてて悪影響を及ぼし、また、他受刑者の反感をかつて、口論、けんか等のトラブルを生じ、不測の事態をじやつ起するおそれも多分に認められ、一般集団処遇は不適当と判定された。
第一〇回目(昭和五七年五月二八日)の更新理由
被控訴人は、昭和五七年五月一三日午前八時三〇分ごろ、病舎衛生夫が職員の指示を受け、被控訴人の収容されている舎房から相当離れて正面に位置する病舎の換気扇の中に入りこんだひな鳥を助けるため屋外から窓枠に上がつてひな鳥を捕えようとしたところ、数羽のひな鳥が飛び出したので、巣の中に戻すため、ひな鳥を捕えて帰ろうとした際、居房からこれを現認し、作業に専念すべきことと、所内の静穏を乱してはいけないことを十分知りながら、作業の机を離れて立ち上り窓側に近寄り大声を発して同衛生夫を怒鳴りつけ、この事犯で取調べに付された結果、同月二〇日、叱責の懲罰を受けたのであり、かかる言動は、被控訴人の独善的、自己中心的で衝動的な性格を端的に示すもので、従来からの被控訴人の行状や言動と併せて検討すると、被控訴人を一般工場に出役させた場合、他受刑者と殊更に事を構えて衝突し、口論、けんか等のトラブルを生じさせ、不測の事態をじやつ起するおそれが多分に認められ、一般集団処遇は不適当と判定された。
第一一回目(昭和五七年八月二八日)の更新理由
昭和五七年八月一七日、被控訴人は松山市在住の暴力団伊藤会組事務所会長山本逸雄あてに、「聞くところによると、私が会長代行をしていた森会は伊藤会に併合となつており……先日私の実弟から、兄さんの組籍は現在伊藤にある等の断片的な連絡があつた。侠道界から身を引くべきであると思うので、出所出迎えは一切不要であります。と申しましても、出所のあかつきには、無論、ただちに事務所に出向く所存でおります。」との手紙を発信して暗に出所時の出迎えを要求し、また、被控訴人は夜間や日曜日の独居房では出所後に開業するというセツクスコンサルタント「ASSクリニツク」のインテリアや、顧客に配布するための小冊子(パンフレツト)の下書きに専念していたことから、昭和五六年八月三日教育課長面接時の「セツクス本を開放して免疫をつくるほうがよいと思う。基準を緩和するように考えてもらいたい。」との被控訴人の申立てを併せ検討すると、被控訴人を工場へ出役させた場合、常態的かつ長期間にわたつて女性との接触を隔絶され、禁欲生活を余儀なくされている成人の男子受刑者を収容する刑務所において、性的な関心と好奇心を殊更に誘発して他受刑者に悪影響を及ぼすほか、暴力団幹部としての強固な気質と言動を示す被控訴人が他受刑者と事を構えて口論、けんか等のトラブルを生じさせ、また、他受刑者の反感をかつて不測の事態をじやつ起するおそれも多分に認められ、一般集団処遇は不適当と判定された。
ちなみに、被控訴人が釈放となつた昭和五七年九月六日、若頭コウノフミオ外組員二名が自家用車で出迎えのため来所し、被控訴人は同乗して帰途についた。
鳥取刑務所長が被控訴人を昼夜間独居拘禁に付しかつこれを継続した理由は、以上に認定したとおりであつて、要するに、被控訴人は、暴力団幹部であることを誇示し、自己の要求実現のため多数の訴訟を提起し、在監中常に自己中心的かつ反抗的言動を繰り返し、工場へ出役させた場合、他の受刑者に悪影響を及ぼし、被控訴人に対する不快の念や恨みを持つ他の受刑者から危害を加えられるおそれが極めて大きく、戒護のため被控訴人を隔離しかつその隔離を継続する必要があつたため、長期間昼夜間独居拘禁とされたものであることが認められる。
二 本件独居拘禁の適否について
在監者は心身の状況により不適当と認めるものを除く外これを独居拘禁(昼夜間独居拘禁、以下同じ)に付することができ(法一五条)、戒護のため隔離の必要ある在監者を独居拘禁に付すべきことは規則四七条の定めるところである。法令の規定が原判示のごとく一般に雑居拘禁をもつて原則的な拘禁形式としているとはいえない。在監者の拘禁方法の決定は、刑務所長が、法令の定めるところに従い、受刑者の刑期、犯歴、所内における行状性格、他の受刑者との関係、集団生活への適応の可否、施設内の保安状況等を総合的に勘案し、独居監房の数、行刑目的からの要請を斟酌してこれを定むべきものであつて、その決定は専ら刑務所長の裁量に属する。また、独居拘禁の期間は、特に継続の必要ある場合三か月毎にこれを更新することができ(規則二七条)、独居拘禁に付された在監者が更新時になお戒護のため継続して隔離の必要があるときは「特に継続の必要がある場合」にあたり期間更新の許されることはいうまでもなく、その更新の必要性の判断もまた刑務所長の裁量に属するものと解すべきである。それゆえ、戒護のため隔離の必要がある場合において、在監者の独居拘禁及びその更新の要否に関する刑務所長の判断が、合理的な基礎を欠きあるいは不当な配慮のもとに行われるなど、著しくその妥当性を欠くものでない限り、在監者を独居拘禁に付しかつこれを継続した刑務所長の措置は違法とはならない。
本件において、鳥取刑務所長が昭和五二年二月二三日被控訴人を戒護のため隔離の必要あるものと認め規則四七条に基づき独居拘禁に付した理由は先に認定したとおりであつて、同刑務所長の右措置が前記説示に照らし何ら違法でないことはいうまでもないところである。被控訴人は、既述のとおり、昭和五一年一一月二〇日、出役中の第三工場において、作業上のことから同衆の松本輝行と口論の挙句、興奮して同人の顔面を殴打したため、軽屏禁・文書図画閲読禁止併科各一五日の懲罰を受けたが、右暴行について、刑務所でヤクザ風を吹かせて新入者いじめをする熊本組幹部である相手方に我慢できなくなつたことから起きた喧嘩にすぎず、その非は相手方にあると主張するのである。しかし、被控訴人自身、当時右暴行事犯を懲罰のために取り調べた鳥取刑務所職員に対しかような供述は一切していないし、右松本及び右暴行を現認した他の受刑者の供述からもそのような事実を窺えず、被控訴人の主張事実は認められない。また、被控訴人は、前に認定したとおり、昭和五二年二月一〇日第七工場で作業中、受刑者の西田巌に個人貸与されていた作業用小鋏を被控訴人が無断で使用したことが原因で右西田を激昂させて口論となつた際、原田善一から暴行を受け、被控訴人にも他の受刑者の鋏を無断で使用したことにより非が認められたため、叱責の懲罰を受けたものであるが、右小鋏の無断使用の件について、第三工場で被控訴人から暴行を受けた松本のグループが被控訴人に報復する口実を作る目的で右西田がトイレに行き、その間被控訴人の作業用小鋏の無断使用という状況が生じるよう仕組んだものである旨主張して、自己の非行の正当化を図ろうとしている。しかし、被控訴人主張のような事実は全く認められず、かえつて、右事件は、被控訴人が小鋏を手にしてから直ちに原田から殴打されたというのではなく、小鋏を紛失したものと考え必死に探し回る西田を被控訴人が愚弄する態度に出たことから、西田が激昂して激しい言葉で詰問し、原田も被控訴人が前記西田以外の別の受刑者に対し暴行を加えようとしているものと錯覚、誤認してこれを殴打したのであることを認めるに十分である。被控訴人の主張はいずれも採用できない。
そして、鳥取刑務所長が、被控訴人の前記独居拘禁について、昭和五二年八月二三日から昭和五七年九月五日まで三か月毎にその期間を更新し、被控訴人の鼻の治療期間一か月を除き、前記独居拘禁を継続した理由は、先にその更新毎に認定したとおりであつて、同刑務所長の右更新措置もまた前記説示に照らしもとより適法であり、戒護のため右期間中被控訴人の独居拘禁を継続した同刑務所長の措置が違法でないことは明らかである。被控訴人は、在監中工場出役の意思ある旨を表明したけれども、刑務所側より常にこれを無視されたと主張するが、被控訴人に対しては、前記の更新理由で述べたとおり、昭和五三年三月四日、谷本第三区処遇係長が工場出役を促すための面接指導を行い、その際、「相手の連中も減少しているし、もちろん、その連中のいない工場を検討する。」と述べ、被控訴人の安全について相当の配慮をもつて臨むことを保証したのに、被控訴人は、このような刑務所側の配慮に対し、他の受刑者と一緒に生活しないですむ官理髪以外は出役する意思がないと表明していたものであり、更に昭和五五年四月二九日、池田分類課長が面接した際も被控訴人は「危険をおかしてまで一般工場へ出業する気持はない。理髪の免許を持つているので、他の収容者と接触しないですむ官理髪の仕事をしたい。」と述べているのである。したがつて、被控訴人は工場へ出役し、他の受刑者と協調して生活する意思は全くなく、むしろ工場出役を嫌忌して避けていたことが明らかである。このことは、昭和五五年六月二日木村管理部長が面接した際、被控訴人は官理髪に出役することを強く要求し、そして本人の希望する官理髪以外には出役する意思のないことを表明し、もし本人の要求が通らない場合には訴訟に訴えても要求を通すという意味のことを明言していることからも窺えるのである。鳥取刑務所長が被控訴人について工場へ出役し、他の受刑者と協調して生活する意思がないと判定したのは、「官理髪への出業以外は一般工場へ出業しない。」という本人の意思は変更しておらず、また、被控訴人から官理髪以外の工場出役について、それまでの間何らの意思表示もなされていなかつたからである。その後、昭和五六年五月九日、被控訴人が松下主任看守に「工場に出役させてくれないですかね。まあ、できるだけ辛抱しますし、山口系の居ない工場だつてあると思いますが。」と申出た事実はあるが、しかし、同年四月一日、被控訴人は、長男(高校生一八歳)あてに、自己の所属する暴力団組織の動向について情報収集を依頼した件で、山内保安課長から指導を受けた際、「調べてもらつてどこが悪いのか。」等と主張して譲らず、暴力団幹部として所属暴力団に対する関心が極めて強く、暴力団的傾向と気質を依然として強固に保持していることが認められ、工場出役の希望は果たして被控訴人の真意であるかどうか疑わしく、被控訴人を工場等に出役させた場合、他受刑者と口論、けんか等のトラブルが生じ、不測の事態をじやつ起するおそれが多分に認められたものである。また、昭和五七年三月三一日、被控訴人から、工場配役について所長面接願が提出された事実があるけれども、被控訴人は、昭和五七年五月一三日、作業時間中に病舎衛生夫を大声で怒鳴りつけた事犯で叱責の懲罰を受けており、このように被控訴人が独善的、自己中心的で衝動的な言動を顕わすことは、従来からの被控訴人の行状や言動と併せて検討すると、他衆と一般工場において協調して作業を行う意思があつたとは到底認めうるものではない。出所が近くなつてからの被控訴人の夜間や日曜日の独居房における生活の様子が、出所後に開業するというセツクスコンサルタントのインテリアやパンフレツト下書きに専念するというものであつたことから、被控訴人がこのころ集団処遇に適応する意思を有していたといえないことは明らかである。なお被控訴人の好訴癖について一言するに、なるほど、受刑者が刑務所長の処置に対して苦情申立てをしたり、情願をすることは、収容者の権利であり、また受刑者が刑務所長の処置を不服として、行政訴訟や民事訴訟を提起することができるのは明らかであつて、受刑者が刑務所長の処置による権利侵害に対し救済を求めて刑務所長や国を相手どつて多くの訴訟を提起したからといつて安易に好訴癖があるものと決めつけ不利益な処遇を行うことがないようにしなければならないのは当然である。しかし、このような権利は、自己の権利が侵害されたときにその回復を求めるために保障されているのであつて、自己の合理性のない要求を実現させるためのけん制の具として利用され、あるいは自己の不平不満のはけ口として濫りに行使されるべきものではないことはいうまでもない。被控訴人の訴訟提起その他の不服申立てはいずれも右のような不正の目的をもつて行われていることは既述の事実からも明らかであり、被控訴人はまさに好訴癖と呼ぶにふさわしい性格の持ち主であるといわざるをえない。したがつて、鳥取刑務所長が被控訴人のかかる性癖をも併せ考慮して独居拘禁を継続したことは、首肯できるところである。被控訴人は、また自己の精神状態について、独居拘禁が長期間にわたると人間は心身に著しく異常をきたし、その結果重大犯罪に結びつく例が数限りなくあり、不幸にして被控訴人もその一例となつた疑いが濃い旨主張するけれども、被控訴人は、出所後性の悩み事相談所を経営し、あるいは三回にわたり海外旅行するなど社会に適応して通常の生活を営んでいたのであつて、被控訴人の心身に格別異常は見受けれないところであり(<証拠略>はにわかに措信できない)、その主張のごとき被控訴人が昭和五四年ころから妄想様観念を主とした拘禁性精神病に罹患していた事実、長期にわたる独居拘禁の中で鳥取刑務所在監中の昭和五四年ころ発症した拘禁性精神病が出所後更に悪化の傾向をたどり、妄想様観念・強迫行為・不眠・食欲不振を主症状とする神経衰弱状態にあつた事実、更には現在長期拘禁のために発症したと思われる妄想様観念が残存しているという事実は到底認められない。被控訴人の健康状態が当時規則一五条の「心身の状況により独居拘禁を不適当と認める」状態でなかつたこともまた明らかである。
してみれば、鳥取刑務所長が被控訴人を昭和五二年二月二三日から昭和五七年九月五日まで鼻の治療期間一か月を除き継続して規則四七条に基づく独居拘禁に付した措置は違法ではないから、右措置が不法行為であることを理由として控訴人に対し慰藉料の支払を求める被控訴人の本訴請求は、その余の判断をまつまでもなく失当として棄却を免れない。
よつて、原判決は失当であるから、民訴法三八六条により原判決中控訴人敗訴部分を取り消し、被控訴人の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき同法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 古市清 松本昭彦 岩田嘉彦)